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11期の藤本です。
お久しぶりです。当ブログの書き込みとしては約3年ぶりですね。

それで、突然ですが‥ 
KOBAKENのHPを作りましたのでお知らせします。

http://policysciences.jp
「小林秀徳研究室公式WEBサイト"KOBAKEN."」

当ブログの延命処置の意味を含めて、また、
研究室(研究活動)の性質上、多少の費用をかけてでもキチッ
と発信するべき事柄が多いと判断し、この度、制作しました。
素人の設計なので不具合も多かろうと思いますが、
今後とも"KOBAKEN."にお付き合いいただければ幸いです。

以上
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# by y-kobahide | 2009-12-10 00:01

新年

あけましておめでとうございます。
昨年中、ゼミ関係者の方々には大変お世話になりました。
今後とも皆様のご助力を賜ることが多々あろうかと存じますが、
何卒よろしくお願いいたします。
新しい一年が小林ゼミ飛躍の年となることを願いつつ、
ご挨拶させていただきます。

ヒトシ


☆お知らせ
1/12(金) 4限@11508
次期ゼミ2年生と現役ゼミ生との初顔合わせがあります。
時間のある方はぜひ参加してください。
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# by y-kobahide | 2007-01-01 02:00

"The Science of Public Policy" Part 1-1

事例研究Ⅱについて。
現在扱っている内容は、授業を欠席したり課題の文献を読まないで出席したりすると、なかなか理解が難しく、また次回にも影響が出そうです。前回は欠席者が多少いましたし、また私のプレゼンテーションも良くなかったと反省していますので、ここに改めて掲載することにしました。長くなりますが、読むべき人は読んで下さい。
ちなみに、英語と国語が交互になっていても、対訳ではないのでご注意を。
それでは以下、プレゼン内容です。


まずは編者である宮川公男先生の書いた導入部から。

GENERAL INTRODUCTION by Tadao Miyakawa

“The increasing complexity of the problems we are now facing in modern civilization requires a new approach free from the weaknesses of traditional fragmented disciplines.”

And, “most of them are systemically interdependent, so that…very often we cannot solve one problem independently of the others.” = “complex interrelationships

⇒ これは「総合政策学」の説明として、学部に入って初めに教授たちから聞くような話ですね。学部15周年、またこの著書が書かれて10年、相変わらず「総合政策」が世間で認識されておらず、それを説明すれば'new approach'と考えられてしまうことを思うと、総合政策学は学問の領域をまだ超えていないのが現状でしょう。

“Many of the problems...”(p.2) = market failure = the necessity of “public policies”
All of such kind of problems requires policy-level decisions which have a broad perspective. So, “the decision-makers must confront the conflicting values and interests.” ⇔ the history of modern science and technology

⇒ 社会で現在のところ最も説得力をもつのは経済効率(経済分析)であり、それを追求した上で最適な配分を実現させるのが市場メカニズムとされていますが、独占・寡占などによる不完全競争、財の移転に必要な取引費用の増大、供給者と消費者との間の情報非対称性、外部性、などが存在するとき、市場は失敗します。具体的には経済成長率の低下、環境破壊、品質の低下、公平性の低下、失業等の社会問題などがその失敗例といえます。
このように市場が当初の期待に応えられないときには、政府や学者あるいは企業や個人などが政策によって問題に対処する必要があり、政策担当者には、多様な価値観と経済性との衝突に果敢に挑んでいく勇気と、そのための広い視野がなくてはなりません。しかしながら、「省利局益に走る官僚、金権にまみれた政治家、環境に無頓着な経営者、怠惰な学者、愚かな民衆、迎合するマスコミ、既得権益を手放したくない全ての人々の多数決によって決まる政策決定」(政策科学研究フォーラム編『科学と政策の新しいリンケージを求めて』より)に問題の解決をゆだねることへの不安は指摘されるところでもあります。
そこで生まれてきたものの一つが「私心なきテクノクラート」としてのシステムダイナミクスなのですが、それについてはここでは触れません。

In “The Policy Science”, Charles E. Rothwell emphasizes the urgent need for the development of the sciences of society and argues that they are essential to the formulation and application of policy at every stage. He thinks of these improved methods as the “policy sciences.”

Starting with the modern founder of the policy sciences, such as Harold D. Lasswell or Yehezkel Dror, there is a vast number of scientists, and literature as well, in this broad area of the sciences for public policy.
It is the most important that people try to discuss more and more whether the policy sciences perspective would or could deliver a new unified general framework for the study of public policy.”

さて、上記のように百家争鳴の「政策科学」ですが、その初期の提唱者ラスウェルが1950年代に語った内容を見ていくことにします。

THE POLICY ORIENTATION by Harold D. Lasswell

Harold D. Lasswell…According to general introduction, his essay “The policy orientation” made him a modern founder of the policy sciences.
ラスウェルはアメリカ政治学における一方(「アメリカ政治学会」すなわち古い政治学)の重鎮でしたが、現在主流となっている新しい(=リード風)政治学に取って代わられたそうです。

The history of the policy sciences and the policy orientation can be traced as far back as the beginning of human civilization.
In this present paper, however, Harold D. Lasswell argues that the policy orientation was a reflection of a trend of rising preoccupation with policy in interwar social sciences, and that the policy sciences now must strive for three principal attributes: ①contextuality, ②problem orientation, and ③method diversity.
Finally, he strongly advocates “the policy sciences of democracy” for the realization of human dignity.

⇒ 人類の文明発祥にまで歴史を遡ることのできる人々の政策志向(= policy orientation)を、なぜここへきてラスウェルが躍起になって取り上げ、それを民主政治の議論に援用したのでしょうか。
文献を読んでいくと、彼はそれまでの社会科学に突きつけられた二つの問いに答えようとしていたように見えます。つまり、社会科学者が民主社会を独裁的共産主義社会よりもどのように優れていると評価するのか、さらに、社会の究極的目標が社会科学の領域をはみ出しているときに社会科学者が公共政策についてどのように助言できるのか、という問いです。
前者に対しては、浮上している社会の「価値」体系の問題への示唆を、実は期待していないにもかかわらず哲学などの他の学問に任せきりにする社会科学から脱却することで、後者に対しては、政治家のもつ異常な常識や官僚の限定された合理性の中での政策決定過程を否定することで、それぞれ問題に取り組んだことを、以下に示したラスウェルによる政策科学志向の要点を通じてうかがい知ることができます。

His more specific ideas of “the policy orientation” are following

Twofold policy decision.
・Using the methods of social and psychological inquiry
・Going outside the boundaries of social science and psychology
Later they were incorporated into his definition of policy sciences: “the policy sciences are concerned with knowledge of and in the decision processes of the public and civic order.” This division has largely prevailed up to now.
(→ If you want more infomation, see the 1st page of 政策科学方法論の諸問題 written by Hidenori Kobayashi.)

a. Considering the entire context of events may have an impact on the problem. = ①
(→ See 2nd page of 政策科学の現状と展開 written by H.K.)
b. Depending on the use of the methods because of the experience of interwar era. = ③
(→ See p.15 of 問題解決としての政策決定 written by H.K.)
私自身、プレゼンの際に'in interwar social sciences' を「両世界大戦時の軍需生産や人材起用などの戦略に、経済学や心理学といった社会科学における計量的調査手法が非常に威力を発揮した」と解釈し、「それによってラスウェルが政策科学における手法の必要性を唱えるに至った」という説明の仕方をしてしまいましたが、これは若干ピントがずれていたようです。
そうではなく、やはり両大戦間の二大事件である世界恐慌とファシズムの台頭を背景とした市民の生活を生き生きと描写して、自ずと政策科学の必要性が高まっていった事実を捉えなければなりませんでした。
c. The choice of significant problems. = ②
d. The movement toward the policy sciences of democracy.
人間の尊厳を実現するための「民主政治の政策科学」の必要性をラスウェルが訴えたことを現代に生きる私たちが理解するには想像力が必要になるかもしれません。現在の日本では、例えば圧政国家による人権侵害に対しては、厳しく対処すべきとの意識がかなりの程度で共有されています。悪く言えば、「民主的」という言葉があまりに普及していて、「もっと民主的なやり方をしましょうよ」などと皮肉にも使われるほどです。「人権」という概念がやっと知られ始めた当時にラスウェルが「民主政治の政策科学」を語ったのならば、世の中は今日的な捉え方とは全く違う捉え方をしたのではないか、と考えられます。
e. The clarification of goals.
まさにこのことに関して、公共政策学の第一人者である加藤寛先生の箴言は重要です。すなわち、「計画なき行政は盲目であり、行政なき計画は空虚である」(政策科学研究フォーラム編『政策と科学の新しいリンケージを求めて』より)。
f. The awareness of time. = Future looking.
1970年代に「未来学」が起こり科学者が未来を語るようになったとはいえ、それ以前のまして1950年代には、目の前の成果から飛躍して将来を考えることは忌避されており、その意味で画期的な視点であったといえるようです。
g. The building of institutions.


全体として、先生からは、[言論が政策を扱うとき、その時代の人々の意識やトレンドを色濃く反映している場合が多い。例えばラスウェルの論文が両世界大戦間の世界恐慌やファシズムの台頭といった大事件を経て、1949年に『世界人権宣言』が採択された後の、1950年代に書かれたものであり、当時の人々の生活はどうだったのか、ということである。それを踏まえて、著者を含めた彼らが「何を知っていて、何を知らないか」を解釈しながら古典を読まねばならない。]といった指摘を受けました(これには今後のプレゼン担当者も気をつけてください)。

さて、そのようにして今回のPart1を読んでわかるのは‥
現在、総合政策の必要性が叫ばれ、多くの大学やシンクタンクが設立されたり、市民参加型のあるいは市民独自の研究が可能になったり、それを支えるソフトとしてのシステムダイナミクス等の研究手法が開発されたり、今では当然のようにPlan-Do-Seeの管理サイクルによる、過去の反省からFuture-lookingな政策評価を試みるようになったり‥といった諸々の事象が、この1950年代のラスウェル論文で言われた政策科学の要素を基礎として発展してきたこと。また、まさにその政策科学が、単なる原理論ではなく、その時々のトレンドや価値、事件による影響を多分に受けるものであるからこそ、現在に至るまで様々の人々に反省され、克服され、あるいはそのままの形で引用されながら、議論・出版の対象となり続けていること、
ではないでしょうか。


以上が前回の藤本担当分の内容です。
内容に疑わしいところがあれば指摘してください。
次回(今日ですが)はPart1-3で、智史くんが担当します。
よろしくお願いします。

ヒトシ
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# by y-kobahide | 2006-12-14 06:20